「世界遺産論」現地見学報告(富岡製糸場)
5月23日に“世界遺産論”の課外授業として訪れた“富岡製糸場と絹産業遺産”に関わる施設を見学した時の様子を紹介します。
今回の課外活動に先立って5月21日の世界遺産論では富岡製糸場を取り巻く現状について講義が行われた。富岡製糸場の保存の現状、インタープリテーションの観点から見た富岡製糸場の活用、レクリエーションを通した富岡製糸場と地域のつながりの3つのテーマから富岡製糸場について学んだ。これらの講義はさまざまな観点で文化財について考えるきっかけになった。
事前授業の内容も踏まえ、富岡製糸場へ向かう準備は整った。いよいよ5月23日になった。肌寒い風が吹く早朝に眠い目を擦りながら、集合場所であるつくば駅に到着した。バスに乗り込むとそこから3時間かけて最初の目的地である碓氷製糸場へと向かった。
碓氷製糸場は現在稼働している器械製糸工場の2社のうちの一つであり、非常に貴重な場所である。製糸の見学前に富岡製糸場の世界遺産登録に携わった土屋真志氏の話を聞くことができた。その中で世界遺産登録において多数の候補地から現在の4つの構成要素に絞った経緯やこれからの近代化遺産の在り方など幅広い話題に触れられていた。その後、実際に繭から生糸を製造する一連の工程を見学した。特に大量に乾燥させた繭の糸をほぐすためにお湯や水蒸気で煮る工程(煮繭)は見どころであった。品質の良い生糸を作るために均一に煮込む必要がある。これらの緻密な工程によって細いけれど丈夫な生糸が生成される。
これらの工程は人間の手では非常に難しく、機械でしか作れないそうだ。生成された生糸は非常に柔らかく、手触りの良いものであった。一つの繭から生糸は1300〜1500m取れるが、着物1着に必要な繭はなんと2500粒必要と言われている。この地域ではかつて世界一の絹産業を誇っていたが、近年の生産量はかなり減少している。このような課題に対してさまざまな工夫をしながら絹の生産を継続していることがわかった。碓氷製糸場では繭から生糸を生産する一連の工程を目にすることができた。
続いて群馬県立世界遺産センター“セカイト”を訪れた。セカイトでは富岡製糸場と日本の絹遺産の歴史に関する資料が展示されていた。最初に構成資産の一つである荒船風穴のVRの映像を見学した。荒船風穴は蚕の卵の貯蔵所であり、天然の冷蔵庫として活用された場所である。風穴の中で温度・湿度が調整され、一年を通して複数回繭を生産することで、生糸の増産に貢献した。しかし電気冷蔵庫が普及したことで、風穴としての役目を終えた。このような歴史についてVR解説を用いることでより理解が深まった。その後いくつかの展示を見ながら絹の歴史とその遺産的価値を学ぶことができた。
セカイトの見学後は各自で自由に昼食を食べた。せっかくなので群馬県の郷土料理である“おきりこみ”を食べることにした。つるんとした食感にコシがあり、非常に食べ応えがあった。
昼食を終えて、最後に向かったのは富岡製糸場である。富岡製糸場では文化財の保存と活用の観点を中心に見学をした。富岡製糸場はいくつかの時代の遺構が残っており、当時の様子を楽しむことができる。繭の倉庫として利用された東置繭所を通り西置繭所を見学した。国宝である西置繭所はできるだけオリジナルのレンガを用いて保存・修理されたと聞いた。また内装は壁や天井には手を付けず、その周りをガラスで囲ったハウス・イン・ハウスの手法を用いて落下物対策や耐震補強が施されている。内部は多目的ホールや歴史を伝えるギャラリー、そして2階には繭を貯蔵する空間を展示していた。歴史的な資料や当時の服、繭の保管など立体的に展示されており、視覚的にもわかりやすく展示されていた。
そこから繰糸場に移動した。そこでは保存科学を専門とする本学教員・松井敏也教授からレンガの劣化状況とその対策について学んだ。さまざまな環境下での劣化スピードの比較や劣化の原因を分析しながら、最適な保存の方法を模索、実際にいくつかのレンガの試作を用いて、比較実験を行っている様子を見ることができた。最後に首長館と寄宿舎に立ち寄った。当時は寄宿舎として使われていたが、片岡工業株式会社が富岡製糸場のオーナーを務めていた片倉期に教育の場として変容していた。ここでは、どの時期に焦点を当てて復元・保存を行うかということが課題になっていることを知った。これで、一通りの見学が終わった。
今回の課外活動では、さまざまな事例をもとに、文化財の保存や活用などに触れることができた。また同時に多くの課題が現実で起こっていると体感した。現地を訪れることで視野が広がり、これからの講義や研究につながると感じた。またさまざまな専門家の貴重な話を聞く中で、文化財のあり方について見つめ直す機会ができた。
(M1 菅野)