今回は、4月から7月にかけて「遺産整備計画演習」の授業で実施された内容を、主に現地見学の体験を中心にお伝えします。
土浦市・市街地見学:4月26日
江戸時代に城下町として栄えた茨城県土浦市の中心部を探索する回でした。土浦はかつて幕府が置かれていた江戸と水戸を結ぶ街道沿いの要衝として、土浦城を中心に発展しました。
第二次世界大戦後も伝統的な建物が数多く残り、一時は伝統的建造物群保存地区への指定も検討されていましたが地域住民の反対などがあり実現には至らず、徐々に都市化が進み当時の面影が薄れたそうです。しかし、現在でも城下町としての都市構造や水路の跡などはまちづくりの基礎となっており、昔の地図と比較するとその跡をたどることができます。授業内では、担当の上北恭史教授の説明を聞きながら街中を歩いたり、現在は観光案内所として活用されている蔵を見学したりすることで、歴史的な町並みを残すことと都市化の両立の難しさについて考えることができました。
つくば市・遺産見学:5月17日
遺産の整備手法の例を実見するため、つくば市内の3か所の史跡や建造物を見学しました。1か所目の小田城跡は鎌倉時代から安土桃山時代に存在した平城の遺構で、1935年に国指定史跡になりました。ここでは、遺構を保護した盛り土の上に同じ位置で遺構そのものを復元整備していました。
次に訪れた平沢官衙遺跡は、奈良時代から平安時代に、税として納められた稲を保管する正倉庫などがあったと考えられています。こちらは1980年に国指定史跡になっています。発掘調査で判明した遺構を元にこの時代に適切なものとして考えられる3種類の様式の高床倉庫を実物大で復元していました。最後に訪れた旧矢中家住宅は、昭和初期に建材研究者・実業家の矢中龍次郎が建設した邸宅で、2011年に国指定登録有形文化財に、2023年には国指定重要文化財に登録されました。こちらでは現存の建造物をNPO法人が中心となって管理し、内部を一般公開しています。普段生活するつくば市の遺産を改めて詳しく学び直すともに、遺産の背景や保存状況、環境など異なる条件によって整備や活用の手法に様々なアプローチや課題があることを体感できる貴重な機会となりました。
香取市・佐原の町並み見学:5月24日
重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)における建造物の保存の実態と地域の活性化について学ぶため、千葉県香取市佐原の町並みを見学しました。まず、現地ボランティアの方から1996年の重伝建登録までの経緯と地域における取り組みについての説明を伺い、それから実際に街中を歩いて現在も残っている建造物を中心にまちづくりの様子を見学しました。佐原市は、江戸時代の測量家・伊能忠敬の出身地として知られていて、国指定史跡の伊能忠敬旧宅が保存地区の中心的な建造物となっています。
また、保存地区の中心を流れる小野川沿いを中心に指定文化財の建造物が多く立地し、それ以外の建物についても外観が整備されています。現地ボランティアの方によると、地域ではボランティアの担い手が不足する問題もありますが、成田空港からのアクセスが良好で近年は外国人観光客の増加がみられるそうです。
地域の実情に合わせた課題解決と、将来的な発展の可能性のバランスをどのようにとるか、非常に興味深く学ぶことができました。
川越市・伝統的建造物群保存地区の活用事例見学:6月7日
埼玉県川越市の伝統的建造物群保存地区(伝建地区)を訪れ、歴史的建造物の将来への活用について考えました。協同組合・伝統技法研究会の代表理事である大平茂男氏を講師としてお招きし、川越市の街中を歩きながら現在の川越市における歴史的建造物や伝建地区の保存と活用のあり方についてお話を伺いました。川越市は江戸時代にその様子から「小江戸」と称されるほど栄えており、現在も歴史的建造物が多く残ることから東京近郊で気軽に歴史観光のできる場所として人気を誇っています。
また、川越市は、明治期に建てられた旧川越織物市場の長屋を「川越市文化創造インキュベーション施設(コエトコ)」として整備する積極的な活用事業を展開しています。先に見学した佐原の町並みと様子を比較しつつ、歴史的建造物を地域の資産として活かすには様々なアプローチがあることを学びました。
ティーチング・フェロー(TF)による講義:7月12日
最後は、大学内で「文化遺産と災害リスク」をテーマとした博士課程のTF2名の先輩から講義を受けることができました。まず、蘇圓圓氏より、近年増加する集中豪雨から文化遺産を守ることを目的とした地理情報データの活用の可能性についてお話いただきました。熊本県人吉市での事例をもとに、GISによる災害リスクの可視化によって文化財防災がより効果的に実現することを学びました。そして、Fanitra Atmanti氏からは、地震や津波に対するリビング・ヘリテージの保存について、インドネシアの木造建築を実例としてお話いただきました。日本とインドネシアは環太平洋の島国として、地震や津波などの災害が頻発する点が非常に近しいことが知られています。講義を聴きながら、災害の事例と解決策を国際的に共有できる仕組みづくりが求められているように感じました。
「遺産整備計画演習」の授業では、学内での講義に加えて、関東各地の文化遺産や町並みを見学することにより遺産の整備の実態や課題を肌で感じることができました。このことにより、大学院に入学してから様々な授業で得た知識を振り返りつつ、新たな気づきを得る大変有意義な時間を過ごすことができました。また、今後様々な文化遺産の現場を訪れた際に、注目するべき点や観察するべき点を学ぶ良いきっかけとなりました。
(M1 井川)